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2011年7月

2011年7月24日 (日)

「コクリコ坂から」見てきました!

「コクリコ坂から」を見てきました!

http://kokurikozaka.jp/

テレビCMで流れてる映像を見る程度の前知識しかない状態で行ったので、パンフを見てびっくりしたんですが、「風間俊」の声が岡田准一で、「水沼史郎」の声が風間俊介(遊戯さん!)だったんですね。これ、現場で混乱しなかったのかな。水沼の声、どこかで聞いたことあるとは思ったんですが……いい声でした、独唱も良かった!  遊戯さんの声ということをふまえた上でもう一度聞きたい!

で、風間も水沼も、風間父も、カッコ良かったです。ジブリが文句のつけようなくカッコイイ男と男の子を描いたときの破壊力に戦慄したですよ。しかもやや少女目線。あれは惚れるわ。

……なんて、軽く書いてますが、実は、上映後トイレから出られないほどボロ泣きした私です。

構成が宮崎駿脚本とは信じられないほど素直でストレートで、照れずににちゃんとメロドラマな内容と、時代背景が、きれいにマッチしていたいい映画でした。

息子が監督の映画のためならああいう脚本を書くということは、ハウルやポニョの不思議な構成は、やはり、「わざと」だったんですね。「セオリー抑えなくてもどうせみんな劇場来るし、採算とれるだろ」とか思ってたんですね。食えないジイさんだあ、そういうとこが好きですよ。

そして、舞台になった東京オリンピック直前の横浜~東京の「あの頃」攻撃はすごかったです。生まれてないけど、うっすら記憶にのこってるかつての東京の匂いは、「三丁目の夕日」よりずっと濃かったしリアルだったですよ。そうそう、懐かしいのはカレーライスより肉屋のコロッケだよね、みたいな。

東京オリンピック直前の1960年代前半が「善行が報われる」時代として描かれていたわけですが、それは「三丁目の夕日」がやったように、きれいな嘘なわけで、「まあ、映画っていうのは嘘を楽しむものだからなあ、これでいいんだよなあ」なんてことを思っていたら、最後に「この物語はフィクションです」って出て、椅子から落ちそうになりました。自分でツッコミ入れちゃダメだよ! テレビ放送するときは、あれはぜひカットしてください、お願いします。いろいろ書きましたが、要するに、風間も水沼も風間父もすごくいい男だったから、女の子(10代も30代も60代も)は絶対に見に行くといいよ! 損はしないよ! 男の子は、デートで見に行っても何もいいことないからやめた方がいいよ! 風間や水沼や風間父と比べられて微妙になるだけだよ! それでも、もし、行っちゃったら、「主人公の女の子って君に似てるね」って、言ってあげるといいと思うよ! ってことです。以上!

ウルフェスに行って来ました

今年も毎年恒例のウルトラマンフェスティバルに行ってきました!

http://2011.ulfes.com/

初日に行くことができたのですが、入場したのは4時で、最終回のステージの開演も4時……! あわてて駆け込みました。
お客さんは半分も入っていないくらいだったんですが、ほとんどが大きなお兄さんたちでよく見えなかったので、会場の後ろ1/3くらいの、少し段差がある自由席で見ました。あのお兄さんたちは、きっと、全員、 ウルトラの星の見えるお兄さんたちだろうな~。

ウルフェスのステージは、夏休み前半と後半で内容が変わる2構成。2部の方が高学年向けなんですが、なぜか1部の方が、心に響くことが多いような……まあ、それは個人的な好みなんですが、今年もすごくよかったです。

もらった3D眼鏡(てれびくんやテレビマガジンのふろくのペーパークラフトのお面っぽいゼロ仕様←ご存じじゃない方には全然わからない例え)を使う演出も楽しかったし。

ショーの出演者は実体だから、光線や背景が3Dって、うまくやるとすごく合うんですよ。ほとんどの場面のバックが巨大な白い布だけでそこに2Dや3Dを投影して……って、一昔もふた昔も前の前衛的な演劇っぽい手法とも言えるよなあ、なんてどーでもいいことを思いました。

本当に今更なんですが、体にぴったりのスーツ着て顔の表情の見えない状態で、演技するってすごいことなんだなあ、と改めて実感。

台詞にも仕掛けにも頼りすぎず、アクションすごくてポーズかっこいいステージでした。バルタン星人のハサミで殴られるの、本当に痛そうでしたよ。

そして去年のステージはゼロとメビウスの仲を疑った私でした()が、今回はベルアルが……平成ウルトラマンって素敵なツンデレ多いですよね、ジャムザとかヒカリとか。

まあ、そんな話は置いといて、ウルフェスの続きなんですが、

展示も子供向けながらも初代ウルトラマン中心なのでほんのりSF臭が漂うというか、ジャミラにものすごく広いスペースとってて、子供心にいい感じのトラウマが残りそうでした。

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↑ガバドンは毎年必ず撮ってしまうです。安定のかわいらしさ!

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会場限定アーリーベリアルソフビ。メビウスがこれ見たらなんて言うんだろう?「元ウルトラ兄さんの人形」……いや、兄弟入りしてないから「兄さん」じゃないか。などとどうでもいいことを考えつつ、ウルトラヒーロー学園を妄想。

ウルトラヒーロー学園だったらメビウスが優等生な生徒会長、ゼロが複雑な家庭の事情でグレてるけど根は素直な御曹司、ベリアルが実力はナンバーワンだけど素行と性格が最悪な問題児…だったら萌えますよね? っていうか、誰か萌えてくださいっ!

時間が足りなくて(妄想で足りなくなったわけじゃないです)ここ数年の定番のウルトラマンアイスを食べられなかったので、後半にリベンジしたいです。

2011年7月 8日 (金)

宮崎映画の女の子は、なぜ、理想的にかわいいのか

宮崎映画って、自然vs文明がテーマのように捉えられていることが多いようなんですが、本当の対立関係は、少女vs世界(社会とか現実とか権力とか)だろうと思うんですよ。

「もののけ姫」のストーリーを展開させている対立軸は、サンvsエボシ。

「風の谷のナウシカ」では、ナウシカvsクシャナ。

「魔女の宅急便」では、キキと現実社会。

「千と千尋の神隠し」では、千尋vs湯婆婆。

「崖の上のポニョ」では、ポニョと父親。

男子は、たとえ、タイトルになってる主人公でも、どんなにカッコ良くても、この「少女vs世界に巻き込まれる」という意味において、「風の谷のナウシカ」のアスベルと立場は同じなんじゃないか、と。

「天空の城ラピュタ」だって、パズーは、シータvsムスカの対立に巻き込まれる立場じゃないですか。

たぶん、宮崎駿監督にとっての「少女」は、「世界を受け入れずに戦い続ける自分自身の純粋な部分の象徴」なんじゃないでしょうか。

そして、巻き込まれてしまう少年やおじさんたちは、宮崎駿監督の、「世界と妥協してしまう社会性」なのではないか、と。

「鈴木プロデューサーの言うことも一理あるなあ」などと思ってしまう部分の象徴が、アスベルやパズーやトンボなのではないか、とそんな気がするのであります。

「未来少年コナン」も、主人公のコナンが活躍するのはラナvsインダストリアの対立している世界だし、「カリオストロの城」でも、ルパンが登場するのはクラリスvsカリオストロ伯爵の対立している舞台ですよ。

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