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2011年7月 8日 (金)

宮崎映画の女の子は、なぜ、理想的にかわいいのか

宮崎映画って、自然vs文明がテーマのように捉えられていることが多いようなんですが、本当の対立関係は、少女vs世界(社会とか現実とか権力とか)だろうと思うんですよ。

「もののけ姫」のストーリーを展開させている対立軸は、サンvsエボシ。

「風の谷のナウシカ」では、ナウシカvsクシャナ。

「魔女の宅急便」では、キキと現実社会。

「千と千尋の神隠し」では、千尋vs湯婆婆。

「崖の上のポニョ」では、ポニョと父親。

男子は、たとえ、タイトルになってる主人公でも、どんなにカッコ良くても、この「少女vs世界に巻き込まれる」という意味において、「風の谷のナウシカ」のアスベルと立場は同じなんじゃないか、と。

「天空の城ラピュタ」だって、パズーは、シータvsムスカの対立に巻き込まれる立場じゃないですか。

たぶん、宮崎駿監督にとっての「少女」は、「世界を受け入れずに戦い続ける自分自身の純粋な部分の象徴」なんじゃないでしょうか。

そして、巻き込まれてしまう少年やおじさんたちは、宮崎駿監督の、「世界と妥協してしまう社会性」なのではないか、と。

「鈴木プロデューサーの言うことも一理あるなあ」などと思ってしまう部分の象徴が、アスベルやパズーやトンボなのではないか、とそんな気がするのであります。

「未来少年コナン」も、主人公のコナンが活躍するのはラナvsインダストリアの対立している世界だし、「カリオストロの城」でも、ルパンが登場するのはクラリスvsカリオストロ伯爵の対立している舞台ですよ。

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